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大森簡易裁判所 昭和36年(ハ)220号 判決

判   決

東京都大田区馬込町四丁目一六番地

原告

原田朝江

同都同区馬込町東四丁目二三番地

原告補助参加人

波田野泰司

右両名訴訟代理人弁護士

斎木三平

同都品川区二葉町五丁目四一九番地

被告

吉田博

右訴訟代理人弁護士

益川康

右当事者間の昭和三十六年(ハ)第二二〇号建物収去土地明渡請求訴訟事件について昭和三七年九月三日終結した口頭弁論に基いて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し、別紙物件目録記載(二)の建物を収去して、(一)の土地を明渡し、かつ、昭和三六年五月一二日以降右明渡済まで月額三六八円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一、原告は、前地主の参加人波田野泰司から昭和三六年五月一二日別紙物件目録記載(一)の宅地八五坪二合五勺を売買によつて所有権を取得し、同日この旨の登記を経由して所有するものであるところ、被告は右土地のうち同目録(一)に記載する三七坪五合(以下本件土地という)を敷地として、その地上に、昭和三六年五月一四日頃から、同目録(二)記載の建物(以下本件建物という)を所有して、右敷地を占有するものであるが、被告の本件土地の占有は原告の所有権に対抗し得る何等の権原も有しないものであるから、原告は所有権に基いて、被告に対し、本件建物を収去して本件土地の明渡を求め、併せて原告が所有権を取得した前記五月一二日(この点後記予備的主張を考慮し)以降右明渡済まで被告が原告の所有権行使を妨げておることによつて蒙りつゝある、月額三六八円の割合による地代相当損害金の支払を求めるため本訴に及んだものである。

二、原告が本件土地を所有したことおよび被告がこれを占有した経緯は次のとおりである。

本件土地は、前々主訴外波田野作造所有当時の昭和一三年七月一六日右訴外人において訴外関根省左右に賃貸し、右関根はその地上に木造瓦葺平家建一棟建坪二〇坪の建物(以下旧建物という)を建築所有し、これが所有権保存の登記を経由していたところ、昭和一四年六月二〇日訴外村田文子が旧建物を買取り同日その旨の登記を経由したので、訴外作造は右村田との間に更めて昭和一四年一日から普通建物所有の目的で、期間を二〇年と定めて賃貸借契約を締結し、同時に「建物を増築改築又は大修繕を為すときは賃貸人の許諾を受くべきこと」ならびに「右特約に違反した場合は催告を要せず本契約は解除せられ賃借地の返還を請求せられるも異議なきこと」なる旨を特約(以下単に増改築禁止の特約と略称する)した。訴外作造は昭和二〇年七月三日死亡したので、参加人波田野泰司(以下単に参加人という)は相続によつて本件土地を含む前記原告所有地の所有権を取得し、同時に本件土地について前記賃貸借における賃貸人の地位を承継した。被告は昭和二二年八月一五日訴外村田から旧建物を買受けて所有権を取得し、同日この旨の登記を経て所有するに至り、参加人は本件土地の賃貸を承諾し、同時に双方は右村田に対する賃貸借を特約を含めてそのまま承継した。その後右賃貸借は期間満了後引続いて借地の使用を継続し地主から異議も申出なかつたので、昭和三四年七月一日からいわゆる法定更新されて、前賃貸借と同一条件の賃貸借が存続することゝなり、期間も二〇年延長されたわけである。被告は、昭和三六年三月一三日頃になつて、参加人に対し、旧建物は朽廃したので、取毀し、そのあとに二階建住宅を新築するについて承諾を求めてきたが、参加人は建物が朽廃すれば当然借地権は消滅するので、右被告の新築申出を拒絶した。その後被告は新築を断念したとのことであつたので、右参加人もその積りでいたところ、同年五月一〇日に至り、被告は突然に、旧建物を取毀した上、敷地を取片けて本件土地を更地として他に移転した。しかし、もしや新築するのであれば不承諾である旨参加人から被告に対し同月一一日付同月一三日被告に到達の内容証明を郵便で通知しておいた。

そこで参加人は、かねて原告が土地を欲しがつていたので、本件土地を含めて隣地とともに別紙物件目録(一)記載の八五坪二合五勺の土地を、原告に対して同月一一日売渡し、原告は本件土地についてはその地上に建物など何物も存在せず全くの更地であることを確認した上で、これを買受けて所有権を取得し、同月一二日所有権移転登記手続を経て所有するに至つた。同時に、原告は、本件土地に対し原告所有名義の立札を立てて原告所有地であることを明確にするとともに、その周辺には有刺鉄線をもつて柵を廻らし、又訴外宮崎夷末の求めによつて臨時材料置場として使用を許し、右訴外者は同地内の中央部にトタン葺約二坪位の材料置場の小屋を作つておいた。

ところが、被告は、同月一四日に至り、一〇数人の暴力団らしい人夫をして、原告に無断で、前記立札有刺鉄線材料置場などを取毀して、強引に本件土地上に建築を着手しようとしたので、原告はその不法を責め建築の中止を申入れたが、被告はこれを聞き入れず、原告もやむなく所轄の警察署に連絡して警察官の派遣を求めて建築の中止方を促す等手を尽したのであるが、被告は更に肯せず建築を続行して、遂に本件建物を新築完成したのである。

三、以上要するに、原告が本件土地の所有権を取得した当時は、該地上には被告所有の登記ある建物は存在しなかつたのであるから、被告に借地権があつたとしても、その借地権をもつて原告に対抗し得ないわけである。(建物保護に関する法律第一条第二項)しかるに被告は、その借地権さえも旧建物の朽廃によつて消滅しておる。(借地法第二条第一項但書)すなわち、被告は参加人が本件土地を所有する当時すでに朽廃した旧建物を任意取毀して滅失せしめたのであるから、これは朽廃によつて滅失したものである。仮に、被告が旧建物が未だ朽廃しないものを任意取毀したとしても、その滅失は前記建物保護法上、被告の借地権の残存期間を保護してくれることにはならないから、その借地権をもつて原告に対抗し得ないことに変りはない。

四、仮に、被告が原告に対し、借地権を主張し得るとしても、参加人は被告に対し、新築の許諾を与えておらず、しかも、被告は借地権があるとするについては賃貸借における特約も承継しておるわけであるところ、その特約に違反して、原告の承諾なく、又原告が異議を述べておるにかかわらず本件建物を新築したのであるから、右特約条項によつて本件賃貸借契約は当然解除となり、被告は原告から本件土地の返還を請求されても異議を述べられない筋合である。右解除が有効でなかつたとしても、原告は昭和三六年五月二三日被告に到達の内容証明郵便をもつて、無断新築を理由として右契約を解除する旨の意思表示をしたから本件借地契約は右同日限り解除終了した。

仮に、右主張が理由がないとしても、前記のように被告が本件建物の新築にあたり、原告に無断で立札その他の工作物を取毀して強引に建築を続行した行為は、賃貸借契約の当事者の一方に著しい不信行為があつた場合に該当するから、これを理由として同年五月二六日被告に到達の内容証明郵便をもつて本件借地契約を解除する旨の意思表示をした。仮に右意思表示がその効力を生じなかつたとすれば、同年一〇月二三日の本件口頭弁論における陳述によつて右契約解除の意思表示とする。これによつても本件土地に対する賃貸借は終了したものといえる。

五、被告の主張は、原告の主張に反する部分はすべて争う。被告主張のうち特約無効の点については、もし朽廃近い建物を地主の承諾なく借地人がこれを自由に増改築し得るとすれば、借地法において朽廃をもつて唯一の借地権消滅原因とした精神に反する。すなわち、建物が朽廃することなく、借地権消滅の際建物の存在しない場合はなきに等しく、又事実上期間の定めも有名無実となつて、地主にとつて不当に不利益を蒙らしめる結果となるからである。

と述べ、

立証<省略>

原告補助参加人代理人は、本件土地の前所有者である参加人は原告に対し右土地を適法に売買したにもかかわらず被告はこれを認めないで、原告の主張を支援する必要があるから、その必要上訴訟に参加し、原告を支援する。と述べ、証拠<省略>(被告から異議の申立があつて許否の裁判は未確定)

被告代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張事実中、本件土地が原告の所有であることは知らない。その地上に関する本件建物が被告の所有であること、本件土地を前々地主訴外作造から訴外村田文子に賃貸してその地上に旧建物を所有して原告主張の如き賃貸借契約を締結(特約を含み)していたが原告において旧建物を買取り同時賃貸借契約(特約を含め)を承継しその後原告の主張のとおり法定更新されたこと、被告は旧建物を原告の五月一〇日でなく五月一一日に取毀してその跡に本件建物を再建築したこと、被告が右建築以前にあらかじめ原告の前主参加人に承諾を求めたが拒絶されたことおよび原告と参加人からの内容証明郵便が夫々被告に到達した事実は認めるが、その余の事実は争う旨陳述し、次のとおり主張した。

一、被告は旧建物を昭和二二年八月一五日訴外村田から当時の地主の承諾を得て本件土地の賃借権付で買取り、同日所有権移転登記を経由して所有しこれに居住してきたが、右借地権は昭和三四年七月一日から法定更新されて現在に及んでおる。そこで、被告は昭和三五年暮頃から翌三六年春にかけて前地主参加人に対して、被告居住の旧建物は相当古くなり間取りも悪く使用に不便であるところから改築したい旨申入れて承諾を求めた。右参加人は何等の理由なく右被告の申出を拒否して、かえつて法外の値段で本件土地の買取り或は権利金の支払を厳談した。被告としても、余り高価であつたため到底歩み寄りもできないので、結局建築資金のみを調達して改築することとし、昭和三五年五月一一日旧建物を取毀して、翌一二日には敷地を整備して土台石を置き、コークリートを詰める等建築の用意をして翌一三日にはこれが乾燥せしめていた。ところが原告は本件土地を買受けたとして、被告に断りなく、前主参加人と共謀して一三日の夜中人夫および大工を動員して本件土地の真中に原告主張の如き小屋を急造し、その周辺に有刺鉄線を張り廻らして、被告の明日に迫る建前を実力をもつて妨害し、その建築を不可能にしようとした。被告も一応は途方に暮れたが、原告の右行為は被告占有土地に不法侵入したものであり、被告もすでに建築材料を切り刻した土台、柱、その他の建前材料を現場に運んでいたことでもあるので、急場の措置として原告の施行した柵や小屋などを取り片付けて、その際現場に居合せた参加人と談合したが結局物別れとなつたので、やむを得ず建築を進行せしめて本件建物を完成したものである。

二、本件建物は古くなつていたが、原告主張の如く朽廃によつて滅失したものではなく、又朽廃したものを被告が任意取毀したものでもない。該建物はそのままとしても同後一〇数年は朽廃を免れ使用に堪え得るものであつて、しかも賃借期間は更新後一八年余の残存期間があるので、借地人としては、この期間を利用して建物を築造することを得べく、土地の賃貸人はこれを禁示する権限を有しないものである。したがつて、原告主張の特約は本件の場合その効力を生ずるによしないわけである。そうでないとしても、被告は原告の前主に対してすでに改築の承諾を求めたが正当の理由なく拒絶されたのであるから、朽廃および特約の存在の故をもつてする借地権の消滅の主張は理由がない。

三、原告は、参加人のいわゆる愛妾であつて、その間すでに一子をもうけておる特別の関係にあるから、同人等は通謀の上、本件土地の現状と被告の動態とを偵察しながら、法の盲点を捉え、被告が旧建物を取毀した間隙をねらつて、その虚を突いて急拠本件土地売買の形式を整え、もつて所有権移転登記を了したのである。このことはすべて正当の第三者の士地取引の如く仮装して本件土地明渡を画策する手段というべく、右所有権移転は仮装虚偽のものであるから、その所有権をもつて被告の借地権に対抗できないものである。

四、仮に、原告と参加人間の右土地売買が真実なりとしても、両者の関係は叙上のように特別の関係にあるから、被告が本件土地上に借地権を有し登記ある建物を所有して、これが登記もなお現存することおよび被告が本件土地を引続いて使用するため旧建物取毀し後直ちに建物の建築の準備にとりかかつていた事実を知らぬ筈はなく、かかる場合には、たとえ被告所有の旧建物が滅失したとはいえ、建物保護に関する法律(以下建物保護法という)によつてもなお被告の借地権をもつて対抗し得るものである。

五、仮に、被告の借地権をもつて原告に対抗し得ないとすれば、参加人および原告は通謀して、本件土地を必要とする正当の事由もないのに、右契約をたてにして、賃貸借を解除することが失当であるばかりでなく、叙上のように通謀して所有権に名を籍して、本件土地の明渡を求めるのは被告のみを害するための行為であつて、正当な権利行使を逸脱し権利乱用にあたる。以上いずれにしても原告の本訴請求は失当である。

立証<省略>

参加人の参加申出に対し異議を述べ、<中略>た。

理由

一、原告の前々主波田野作造は、本件土地を所有していた当時の昭和一四年七月一日訴外村田文子に対し、右土地を普通建物所有の目的をもつて、期間を二〇年と定めて賃貸し、同時に、増改築又は大修繕の場合は地主の許諾を受くべく、この条項に違反するときは催告を要せずして賃貸借契約は当然に解除となり地主から賃借地の返還を請求されても賃借人は異議がない旨の特約(仮称、増改築禁止の特約)をなし、右村田は該地上に登記のある木造瓦葺平家建一棟建坪二〇坪の建物(仮称、旧建物)を所有していたこと、その後右波田野作造は死亡して前主の参加人波田野泰司が家督相続により本件土地の所有権を取得し同時に右賃貸借を承継したこと、被告は昭和二二年八月一五日右村田から旧建物を買取り即日所有権移転登記を経由し、地主の承諾を得て右村田の有した賃借権を特約も含めて承継したこと、右借地権の期間は満了したが地主においても異議を述べず被告においても地上に建物が存在して借地の使用を継続したので借地法第六条によつて法定更新され借地期間は昭和三四年七月一日から向こう二〇年間となつたこと、被告は旧建物を改築すべく地主の承諾を求めたが当時の地主参加人はこれを承諾しないまま被告は昭和三六年五月一〇日頃(被告は五月一一日と主張する)旧建物を任意取毀して同月一四日頃(取毀し後引続いて被告が占有していたかどうかは争がある)建前をして引続き建築を続行し再建築(改築)を完成して本件建物を所有するに至つた事実は当事者間に争いがない。

三、(建物朽廃による借地権消滅の有無)

原告は、被告が旧建物を取毀したのは、旧建物が「朽廃」したからである。すなわち、被告は「朽廃」した建物を取毀したので、これにより本件土地に対する被告の借地権は消滅したと主張し、被告はこれを争うのである。先来借地法上の「朽廃」とは、自然的に到来したもので外部からの力で崩壊した場合は含まれず、建物の重要部分が自然にその効用を失い、その結果建物全体として、も早建物の効用を果さない程度に破損しておるのみならず、これ以上普通の修繕を加えても建物の効用を果し得ないで、社会経済上から見てもその効果を失つたと見られる場合を総称するものであつて、その程度如何は具体的に諸般の事情を総合して判断すべきものであることは多く論を要しないが、「朽廃」に近いまでに腐蝕しておる建物、すなわち、改築しなければならぬ程度に腐朽が生じている場合、借地権者が新築のため任意に建物を取毀ちその命数を終らせたような場合も「朽廃」として取扱わるべきものと解すべきところ、本件について見れば、証人<省略>の証言中には、旧建物はその土台根太などに腐蝕部分があり、立てつけも幾分傾いていて、道路に面した部分は自動車の通行の除震動を多く感ずる程度のものであつた事実を認め得られるるが、他に建物の重要部分について腐朽の程度を認めるに足る証拠はない。むしろ、右<省略>証言中他の供述部分と証人<省略>の各証言および被告本人尋問の結果を総合すると、旧建物は相当古くはなつていたが、前記損傷部分を除いては他に建物の重要部分に腐蝕の存するところがなく、建物全体として未だシッカリとしていて居住にも何等差支はなく、このままでも一〇年か一五年位は完全に居住に堪え得るものであること、被告が旧建物の改築を思い立つたのは旧建物が古くなつておるばかりでなく間取が旧式のもので使用に不便であり子供二人も大きくなつて夫々勉強部屋も作つてやりたいし母(吉田たか―七一才)に対しても短い老後を少しでもきれいな家に住わせてお葬式を出したいといつた気持からであつたこと、被告はそのため自分および母の吉田たかをして昭和三五年暮頃から昭和三六年春にかけて数回地主参加人を訪れて右事情を申向けて改築の承諾を求めたが地主は古い建物を取毀せば借地権は消滅するからその跡に改築することは認めないとして被告の申入を承諾しないのみか、むしろ本件土地を買取るか賃貸借の再契約をして権利金を支払うべく、売買の場合は一坪当り金六五、〇〇〇円権利金はその七割位を要求したこと、被告としてはその半年か一年位以前に右参加人が本件土地と地続きにあつた自己の土地を一坪当り金一三、〇〇〇円で他に売却した事実を知つていたので本件土地の場合参加人の要求は法外に高価であるから到底歩み寄りもできないと考えて旧建物を取毀して改築すべく決意し勤務先から住宅資金のみを調達し得て昭和三六年五月一一日に旧建物を任意取毀して再建築(改築)の準備にとりかかつたこと等の事実を認めることができ、<中略>右認定を妨げる証拠はない。なお原告の自認するところによれば、旧建物は昭和一三年七月頃訴外関根省左右なる者によつて新築されたというのであるから、建築後右取毀しまで二二年余を経過したこととなるが、借地法第二条に非堅固の建物所有を目的とする場合当事者が期間を定めなかつたときは借地権存続期間を三〇年と定めたのは大体普通建物の命数に併せて規定された趣旨と解し得べきところ、この考え方からすれば旧建物の命数はなを七年余を余すことになる。尤も日本式普通の木造建物の命数といつてもその資材の如何によりいろいろと考えられるが、昭和一三年頃はいわゆる日支事変初期の頃で建築資材もそれ程窮屈ではなかつたものと推認されるので、旧建物も普通一般の耐用と命数にしたがつて差支ないものというべきである。これ等の事実を考え合せると、旧建物はその取毀の時、すなわち、「滅失」当時未だ「朽廃」の域に達しておらず又改築しなければならぬ程度の腐朽もなかつたものと認めるのが相当である。そして地主の参加人が被告からの改築申出を断つたのも、旧建物が「朽廃」の域に達しておることを深く認識した上のことでもなく結局本件土地を被告に高価に売買し或は高額の権利金を取得するための意図であつて、その土地を自ら使用するとかその必要とする正当の事由に該当する事実をもつて拒否したのでないことが認められ一る方被告側においても建物が古くなつていても朽廃とは考えず更新後借地期間も相当長く存するので建物の命数にかかわりなく借地権の存する限りこれを有効に使用して文化的生活を営むに相応しい家を再築すべき意図によつたものであることを認めることができるので、旧建物はそのままでも「朽廃」には今後相当の年数を要するものであるが短く見積つてもなお七年余の命数を保ち得る建物を取毀したものと認めるのが相当である。して見ると、旧建物は「朽廃」によつて滅失したものでないから、被告の借地権もこれにより消滅しなかつたわけであり、この点についての原告主張は失当というの外はない。

三、(借地権対抗の有無)

借地権者が再建築のため任意に建物を取毀してその命数を終らせた場合は、いわゆる「滅失」に該当することには異論がない。この場合借地法第七条の「滅失」に含まれるかどうかについては見解が分れる(後記)。滅失の場合の再建築は原則的には借地権の消滅をきたさず、たゞ賃借期間について第七条の制約に服するにすぎない。そこで仮に原告に本件土地の所有権が存在し被告に建物の滅失後も借地権が存在するとしてその対抗の有無について検討すれば、原告は本件土地の所有権を昭和三六年五月一二日取得登記したと主張するのであるから、被告が旧建物を取毀した当日又は翌日に原告と参加人間に売買取引が行われたことが明白であり、この事実のみからすると被告は借地権の残存期間(更新後からすれば一八年余建物の朽廃すべかりし時を基準とすれば七年余の期間)をもつて原告の所有権に対し、建物保護法第一条第二項の文理上からは一応対抗し得ない如く解せられるのである。(大正一四、七、三大判)しかし、建物敷地所有者に交替があつた場合に、前所有者と借地権者との間に存した建物敷地の利用についての権利関係は法律上当然に敷地の新所有者においてこれを承継し、これを借地権者に通知することを要しないものと解せられる(大正一〇、五、三〇および昭和三、一〇、一二大判)のであつて、借地法上その存続を認められた借地権が建物保護のみを目的とした建物保護法に優先しないわけはないから第一条第二項の滅失の点は借地法の規定によつて修正されたもの(これに稍々近い昭和六、四、二一大判)と解し得られないわけはない。然らずとしても、新所有者が一般承継人および賃貸借の在存を了知して買受けた悪意の取得者である場合は借地権者をして対抗力を取得せしめるのが相当である。本件の場合(証拠―省略)を総合すれば、原告は前主参加人といわゆる妾関係を継続しきたものであり、その間はすでに婚姻外の一女訴外藤田真弓(昭和三三年八月一五日生)をもうけておる特別の間柄であることが認められるのみならず、被告が旧建物を取毀した当日に右両人が現場を見て廻つておる事実を認めることができ、他に右認定を妨げる証拠はない。右事実からすれば、原告は被告が本件土地について借地権を有していたこと、旧建物を取毀したのはその敷地跡に再建築するためのものであること、および被告が地主に対して改築を申入れたが拒絶された等の事実を知らぬ筈はないものと推認でき、一般承継人に比すべき立場にあるもので、いわゆる第三者に該当しないものと見るのが妥当である。然らずとしても、原告が被告の建物が滅失した瞬間を捉えて所有権取得がなされておることは上来説示したことから明らかであり、極めて作意に満ちた行為といわねばならない。一般には土地の買受人が買受当時その土地について賃貸借の存することを知悉していたことの一事では買受人が賃貸人の地位を承継したものと見ることはできず、売買代金が一般取引より格安であつたことなどの事情が加わるべきであるが、本件の場合、売買代金を知るに足る証拠はないが、原告と前主との間に叙上のような関係を存することは売買代金に関する事情を超えて借地権承認を擬制し得るものと解すべきである。右の見解にして不当であるとしても、借地権者をして旧建物を取毀して即刻再建築を完了しこれが登記をなさしめて新所有者に対する対抗力を取得せしめるが如きことは借地権者をして不可能を強いるものであつて、到底認容し難いところである。しかるに原告は被告の地上建物再築の機会、いわゆる法の盲点を突いて本件土地の所有権を取得し被告の借地権を排除しようとするのであつて、被告のみを苦境に陥らしめんとする計らいに外ならないから、普通の権利行使を逸脱したものというべく、権利の乱用として許されないものと解するのが相当である。して見ると、被告は原告に対し、旧建物の滅失にかかわらず、その借地権の残存期間をもつて、原告の所有権に対抗し得るものというべきである。

四、(増改築禁止の特約の効力)

原告は、その主張のような増改築禁止の特約により本件土地賃貸契約は解除となつた旨主張するに対し、被告は右特約の存在は争わないがこれを無効と主張して契約解除の効力を争うのである。借地上に存する建物の増改築禁止の特約の効力については判例学説ともに見解が分れておるが、当裁判所は借地法第七条の滅失には、自然的滅失の外人工的滅失も含むものと解し、再建築(全面的改築)もその中に含まれるものとし、右特約は第七条に違反し、結局借地権者に不利益な条件を定めたものとして、特に賃貸人がその特約を必要とする合理的な事由(例えば非堅固の建物所有を目的とする場合に堅固な建物を建築するような場合)がない限り同法第一一条により無効と解する。けだし、法第六条においても借地権消滅の原因を問わずその後の借地の利用を認め又第七条は残存期間を超えて存続すべき建物の築造について単に賃貸人の異議を述べる機会を与えるに止り、借地権者が非堅固建物所有を目的とする場合、その用法違背とならない建物(非堅固)を建造する限り、異議によつては同法所定の期間の延長を阻止する効力はあるとしても、借地権は残存期間中は依然として存続し借地権者はその期間内に限つては用法にしたがう使用収益ができる権利を妨げられないし、借地権者は異議申立にかかわらず、あえて残存期間を超えて存続すべき建物の建築を続けてさえも、賃貸人はこれを禁止することはできないものと解し得ることおよび借地法は社会立法としてその制定当時より順次重味を加え、その目的の重点は建物の社会的経済的効用を維持しつつも、借地権ないし借地人の保護に向けられることが一層強くなつておることは借地関係の社会的変遷(殊に昭和一六年の改正により正当事由の追加ならびに借地借家法制定準備による借地権物権化の気運)にそれにつれて裁判所の変化(昭和五、四、五大判より昭和三三、一、二三および昭和三七、六、六最高裁判決)等から借地人保護と賃貸人との調和を計る上に合理的と考えられるからである。而して特約を有効とする賃貸人の一般的主張(本件についても同様)としては、建物の増改築を借地権者の自由にするときは借地上に常時建物が存在することとなり、自然朽廃を阻止されて、借地法上朽廃をもつて借地権消滅の唯一の原因とした法の精神に反するばかりでなく、賃貸人は常に予期しない建物について買取請求権を行使されて殊更に不利益を蒙る結果となつて不当であるというにある。しかし、賃貸人が遅滞なく異議を述べたときは、借地権は当初に定つていた存続期間満了の時に消滅し、朽廃に近い建物を取毀して再建築した場合には旧建物が朽廃したであらうとみなされる時期に消滅したことになるわけであるから、賃貨人の遅滞なき異議を無視して借地権者が建物を新築した場合は爾後更新請求があつても更新請求を阻み得る正当事由の存在の比重に重味を加えることになり、借地権者の行使し得る買取請求権の範囲も旧建物が現に存在すれば持ち得べき時価に限られることになるであらうから、賃貸人にとつてそれ程不利益を招くものとは考えられないし又叙上の限度において蒙るべき不利益は借地法が認めた借地権保護の立場から賃貸人(地主)において忍従すべき筋合といわねばならない。そこで本件について見るに、前記(二)および(三)で見たように原告側において特約の適用を合理的ならしめるような主張は何も認められない。むしろ、被告側においては地主に対し承諾を求める努力を払つたのであり、戦後移り変つてきた文化的生活に相応しい家を建築しようというのであるから、借地期間の存する限りは、用法にしたがつた建物(非堅固建物である限り)である以上借地権を存続せしめてしかるべきものであつて、右特約の適用すべき理由はないものと解するのが相当である。したがつて、右特約違反を理由とする契約解除の通知が到達したことは被告の争わないところであるけれども、その効力を発生しないことは上来説示来つたところにより明白であるから、この点についての原告の主張も採用できない。

五、(賃貸借を継続し難い不信行為による契約解除の成否)

弁論の全趣旨からすると、原告は昭和三六年五月一二日本件土地の所有権を取得するや、被告に無断で、右土地の周辺に柵を設けて有刺鉄線を張廻らし原告所有地なる立札を立て訴外宮崎夷末をしてその中央部に材料置場の約二坪位のトタン葺仮小屋を設置して、被告が旧建物を取毀して再建築を不可能にする行無に出たので、被告は同月一四日頃原告に無断で、本件建物を建築するため実力を行使して、原告のした右柵その他の工作物を撤去したので原告はこれを制止しようとして警察官の派遣を求めるなどの紛議を生じた事実を認めることができる。原告は本件土地を買受当時該土地は更地であつたと主張するけれども前記(三)において認定した事情からすれば、原告において被告が本件土地を再建築のため更地とした事実を知らぬ筈はないばかりでなく、(証拠―省略)を総合すれば、被告は同月一一日旧建物を取毀しその跡を整理して直ちに再建築の準備にとりかかり土台の柵を設け翌一二日には土台の枠を整えてコンクリートの流し込みを終りこれを乾燥せしめていた事実を認めることができるので、被告の本件土地の事実上の支配は建物の取毀しから引続いてその地上に及んでおり原告が前示工作物を作るまでは被告の占有は失われていなかつたと見るのが相当である。したがつて、原告はこの事実を知りながら強いて前示工作物を設置したのであるから原告においても実力を行使して被告の占有を侵奪したものといえる。しかるに、原告はこの被告の実力行使のみを捉えて不信行為というのであるが、元来権利を有するものであつても実力行使は許されぬこと勿論であつて、もし原告が本件土地に対する占有を確保し被告の建築を阻止し得る権利を有するのであれば、仮処分決定を受けるなどの方法により法的手段によつても目的を達し得たであらうことは、原告にして極めて短期間に所有権取得が行われた事実に徴しても容易に推認できるにかかわらず、原告は事ここに出でないで直ちに実行を行使したことは、かえつて被告の実力行使を誘発した素因ともなり、右紛議は偶発的なでき事であつてその非を被告にのみ帰せしめることはできないものといわざるを得ない。元来賃貸借契約の一方に著しい不信行為があつた場合には催告を要しないで直ちに賃貸借契約を解除し得られる(昭和二七、四、二五最高裁判決)例えば、賃借物について賃貸人の制止にもかかわらず賃貸人の権利を著しく害するような契約違反の使用を継続するとか或は賃借人の用うべき注意の懈怠によつて賃借物を著しく危殆ならしめるような場合をいうものと解し得べきところ、本件の場合、原告は被告が本件建物を建築するにあたり原告の制止を肯じなかつたというのであるが、既述のように被告は本件建物を建築するについて原告の阻止を受ける筋合はないのであるから、原告においてこの見解を異にし叙上のように法的手段をとつた場合は格別、そうでない限り、被告において建築を続行することができるのであるから、原告が単にこれを阻止したからといつて、その阻止を正当化することはできないし、既述のように不法行為の非は原告側にもあるのであるから、本件建物の新築の際における叙上のようなでき事をもつて被告側に賃貸借契約を継続するに堪え難い不信行為があつたとするには当らないものとせざるを得ない。したがつて、被告は原告からの不信行為を理由とする契約解除の通知のあつた事実は争わないけれども、契約解除の効力は発生するよしもなかつたものと認めるのが相当である。

以上によつて、爾余の部分について判断するまでもなく、原告が本件土地について正当の所有権(被告は仮装売買という)が存在するとしても、被告は本件土地を賃借権に基いて適法に占有するものといえるし、不法占有を原因とする損害金の発生もしないことが明白であるから、原告の主張はいずれの部分からするも失当というの外はない。

よつて、原告の請求に理由がないものとしてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

大森簡易裁判所

裁判官 瀬戸川 誠 一

物件目録<省略>

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